タグ:首陽大君

  • 首陽大君の野望/康熙奉の朝鮮王朝人物史4

    3代王・太宗(テジョン)の三男がハングルを創製したことで有名な4代王・世宗(セジョン)です。兄2人をさしおいて王になれたのは、すばらしい学識の持ち主だったからでしょう。実際、歴史に残る名君として安定した治世を行ないました…
  • 『不滅の恋人』のイ・ガンこと首陽大君は誰なのか

    韓国時代劇の『不滅の恋人』に登場して強烈な存在感を見せているイ・ガン。この人物のモデルになっているのが首陽大君(スヤンデグン)である。彼は一体、どんな人生を歩んだのか。 大変な野心家だった 首陽大君は1417…
  • 安平大君と首陽大君の対立の結末は?

    ◆首陽大君(スヤンデグン/1417~1468年) 世宗(セジョン)の二男で、1455年に世祖(セジョ)として即位した。 ◆安平大君(アンピョンデグン/1418~1453年) 世宗(セジョン)の三男で、王位を狙って甥の端宗…
  • 癸酉靖難で巨大な権力を得た首陽大君!

    王位の強奪をめざした首陽大君(スヤンデグン/後の世祖〔セジョ〕)は、1453年に甥の端宗(タンジョン)を補佐していた忠臣たちを次々に殺した。この事件は歴史的に癸酉靖難(ケユジョンナン)と呼ばれている。その次に首陽大君は何…
  • 安平大君と対立した首陽大君は何をしたか?

    1452年5月、5代王の文宗(ムンジョン)は自分の死期に気づき始めたが、まだ11歳の長男の行く末がとても心配だった。そこで、金宗瑞(キム・ジョンソ)や皇甫仁(ファンボ・イン)という重臣たちを呼びだし、一つの願いを託した。…
  • 政変を起こして最高実力者になった首陽大君!

    首陽大君は1453年に「癸酉靖難(ケユジョンナン)」と呼ばれる政変を起こして、端宗(タンジョン)を補佐する大臣たちをことごとく殺した。これは完全な越権行為である。仮に反逆者がいたとしても、まずは捕らえて自白させるのが常識…
  • 王朝を揺るがせた大事件13「首陽大君が開いた秘密会議」

    最高の名君と称された4代王・世宗(セジョン)の二男の首陽大君は、幼い11歳の甥だった端宗(タンジョン)の即位を不満に思っていた。王の後見人である重臣の金宗瑞(キム・ジョンソ)らが執政の主導権を握っていたからだ。首陽大君は…
  • 首陽大君は甥の端宗を脅かして王位を強奪した!

    王族の首陽大君(スヤンデグン)は、いよいよ自分が行動を起こす時期に来ていることを悟った。側近たちとの密談を繰り返した首陽大君は、1453年10月10日、ついに多くの同志を自邸に招いて決起集会を開いた。 政変を起こした…
  • 首陽大君と安平大君の対立はなぜ起こったのか

    4代王・世宗(セジョン)の二男が首陽大君(スヤンデグン)だった。儒学はもちろん、天文や兵学にも精通し、風水に関しても専門家以上の知識を持っていた。音楽理論と楽器演奏にも長けていた。まさに当代随一の学問と強要を兼ね備えてい…
  • 首陽大君(スヤンデグン)は弟の安平大君(アンピョンデグン)を悪意で死罪にした!

    甥の端宗(タンジョン)から王位を強奪しようとした首陽大君(スヤンデグン)は、1453年に端宗の後見人だった金宗瑞(キム・ジョンソ)を襲撃して彼を排除した。それが、朝鮮半島の全土を震えあがらせた癸酉靖難(ケユジョンナン)の…

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