過去の記事一覧

  • 癸酉靖難で巨大な権力を得た首陽大君!

    王位の強奪をめざした首陽大君(スヤンデグン/後の世祖〔セジョ〕)は、1453年に甥の端宗(タンジョン)を補佐していた忠臣たちを次々に殺した。この事件は歴史的に癸酉靖難(ケユジョンナン)と呼ばれている。その次に首陽大君は何…
  • 張禧嬪が女官から王妃に奇跡的な昇格!

    19代王・粛宗(スクチョン)が張禧嬪に出会ったのは1680年だった、と言われている。張禧嬪は通訳官の親戚というコネで王宮に入ってきた女官である。絶世の美女だったことは間違いないので、艶福家の粛宗は一目で気に入った。 …
  • 正祖の命を狙った暗殺団が王宮に侵入した!

    1777年7月28日の深夜、即位して2年目の正祖(チョンジョ)は王宮で本を読んでいた。突然、王宮の回廊の上から、瓦を踏む足音が聞こえてきた。正祖は耳をすませた。どう考えても、人間の足音にしか聞こえなかった。 …
  • 朝鮮王朝で「性格がきつすぎる王族女性」と称された5人は誰か

    朝鮮王朝には国王ですら恐れた「性格がきつすぎる王族女性」が何人もいたが、その中で特に5人を選んでみよう。彼女たちは韓国時代劇にも登場して王族男性をよく震え上がらせている。 最初の3人 まずは神懿(シンイ)王后…
  • 朝鮮王朝で王妃になりながら廃妃になった人は誰なのか

    朝鮮王朝の法律に沿って王が決定されたように、王妃もまた厳格な法を適用されて決められていました。それだけに、王妃を廃妃にするのは容易ではないのですが、実際には多くの王妃が廃妃になっています。 理不尽な廃妃 一番…
  • 安平大君と対立した首陽大君は何をしたか?

    1452年5月、5代王の文宗(ムンジョン)は自分の死期に気づき始めたが、まだ11歳の長男の行く末がとても心配だった。そこで、金宗瑞(キム・ジョンソ)や皇甫仁(ファンボ・イン)という重臣たちを呼びだし、一つの願いを託した。…
  • 仁祖は貞明公主に特別待遇を与えた!

    1623年、光海君(クァンヘグン)が廃位となり、16代王・仁祖(インジョ)が即位した。当時、光海君の継母であった仁穆(インモク)王后と娘の貞明公主(チョンミョンコンジュ)は離宮に幽閉されていたが、新しい国王になって解放さ…
  • 張禧嬪はワガママ粛宗の犠牲者の1人!

    張禧嬪(チャン・ヒビン)は「朝鮮王朝三大悪女」の一人に数えられているが、一般的な印象では一番の悪女と思われてきた。それは、これまでに韓国時代劇で辛辣(しんらつ)に描かれてきたことが強く影響している。しかし、正史の「朝鮮王…
  • 文定王后と鄭蘭貞の悪行を暴く!

    朝鮮王朝時代に王宮で起こった奇怪な事件として有名な「灼鼠(しゃくそ)の変」。この事件は韓国時代劇でも何度か取り上げられたが、どの作品でも文定(ムンジョン)王后と鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)が共謀して起こしたという筋書きに…
  • 英祖は粛宗の息子でないという驚きの説もあった!

    トンイこと淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)は1718年に亡くなり、粛宗(スクチョン)も1720年に世を去った。そして、張禧嬪が産んだ王子が20代王・景宗(キョンジョン)として即位した。 衝撃的な告発書 景宗には…

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