タグ:歴史
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朝鮮王朝の518年間の歴史の中には、「義人」として有名な5人がいる。それは、黄喜(ファン・ヒ)、金宗瑞(キム・ジョンソ)、金時習(キム・シスプ)、成三問(ソン・サムムン)、郭再祐(クァク・チェウ)である。
最…
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1636年12月、強大な清は大軍で朝鮮王朝を攻めた。朝鮮王朝はあえなく降伏。16代王の仁祖(インジョ)は、清の皇帝の前で頭を地面にこすりつけて謝罪した。ここまで王が屈辱を受けたのは、建国以来一度もなかった。
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1718年3月9日、淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏(『トンイ』の主人公)が亡くなった。彼女が世を去ったとき、息子の英祖(ヨンジョ)は24歳だった。そして、異母兄の景宗(キョンジョン/張禧嬪〔チャン・ヒビン〕の息子)は30…
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14代王の宣祖(ソンジョ)には14人もの息子がいた。しかし、正室は長く病床にあったので、息子はすべて側室から生まれた庶子であった。その中で、長男の臨海君(イメグン)と二男の光海君(クァンヘグン)が世継ぎ候補になっていた。…
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朝鮮王朝の王は、唯一無二の絶対権力者であった。どれだけの力があったのか。現代的な感覚でいうと、総理大臣、外務大臣、財務大臣、警察庁長官、最高裁長官を兼ねるほどの存在だった。
仕事は1万種類
朝鮮王朝の王は自ら政治と経…
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1735年に生まれた思悼世子(サドセジャ)は神童と呼ばれた。喜んだ父の英祖(ヨンジョ)は、思悼世子が10歳のときから政治の表舞台にデビューさせた。これがいけなかった。当時の主流派閥は老論派(ノロンパ)だったが、思悼世子は…
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ドラマ『華政(ファジョン)』の主人公になっていた貞明(チョンミョン)公主(コンジュ)。果たして、どのように波瀾万丈な日々を送ったのだろうか。彼女の結婚を中心にその人生をたどってみよう。
9年間の幽閉生活
貞明…
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『宮廷女官 チャングムの誓い』を始めとして、多くの時代劇に登場してくる中宗(チュンジョン)。この国王は、1506年から1544年まで38年間も王位に就いていたのだが、なぜ文定(ムンジョン)王后の悪行をほったらかしにしたの…
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1545年、12代王・仁宗(インジョン)が亡くなり、異母弟の明宗(ミョンジョン)が即位した。彼の母は、中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった文定(ムンジョン)王后である。彼女が行なった悪政は息子の明宗をとことん苦しめた…
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朝鮮王朝の518年間の歴史を見ると、悲劇的な死を遂げた世子(セジャ)が3人いる。それが、昭顕(ソヒョン)世子と思悼(サド)世子と孝明(ヒョミョン)世子である。この3人はどのような最期を遂げたのだろうか。彼らの人生を振り返…
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