カテゴリー:王妃

  • 朝鮮王朝を不幸にさせた文定王后!

    本来であれば王妃にさえなれなかった女性が、最終的に大妃(テビ/国王の母)になって、朝鮮王朝を大混乱に陥れた。それが文定(ムンジョン)王后である。彼女はなぜ、絶対的に強い立場になれたのだろうか? クーデターのお…
  • 朝鮮王朝最高の聖女は『イ・サン』に登場した孝懿(ヒョイ)王后!

    朝鮮王朝の王妃の中で聖女として慕われたのが、正祖(チョンジョ)の正室であった孝懿(ヒョイ)王后である。しかし、彼女は毒殺される危機に瀕した。それは果たして、どんな事件だったのだろうか。 パク・ウネが演じた孝懿…
  • 朝鮮王朝の「悲劇の五大王妃」とは誰か

    518年間も続いた朝鮮王朝には42人の王妃がいた。その中で「悲劇の五大王妃」と呼ばれたのは、顕徳(ヒョンドク)王后、端敬(タンギョン)王后、仁穆(インモク)王后、仁顕(イニョン)王后、明成(ミョンソン)皇后の5人だ。 …
  • 廃位となった光海君の妻の運命は?

    14代王の宣祖(ソンジョ)は、正妻の懿仁(ウィイン)王后が1600年に亡くなると、2年後には50歳ながら18歳の仁穆(インモク)王后を次の王妃に迎えた。そのとき、宣祖の二男の光海君(クァンヘグン)に嫁いでいた柳氏(ユシ)…
  • 朝鮮王朝で最初に廃妃・死罪になった王妃は誰か

    9代王の成宗(ソンジョン)は政治的には名君でしたが、女性問題で王宮を騒がせたことが何度もありました。その最たることが、燕山君(ヨンザングン)の生母が廃妃(ペビ)になった事件でした。 呪術的な儀式 成宗にとって…
  • 仁宗(インジョン)の毒殺を狙った文定(ムンジョン)王后の悪行とは?

    11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった文定(ムンジョン)王后。彼女は自分が産んだ慶源大君(キョンウォンデグン)を王にするために、手段を選ばぬ悪行を重ねていた。特に、中宗の二番目の正室が産んだ12代王・仁宗(イ…
  • 『七日の王妃』の端敬(タンギョン)王后はどんな女性だったのか

    『七日の王妃』の重要な登場人物は3人だ。10代王の燕山君(ヨンサングン)と、異母弟の晋城大君(チンソンデグン/後の中宗〔チュンジョン〕)。そして、端敬(タンギョン)王后だ。ドラマの中では異母兄弟の間で激しく揺れる端敬王后…
  • 張禧嬪(チャン・ヒビン)がついに王妃に成り上がった日!

    19代王・粛宗(スクチョン)は絶世の美女と評された張禧嬪(チャン・ヒビン)のとりこになり、彼女を側室にした。そして、張禧嬪は粛宗の長男を出産した。そうなると、粛宗は正室の仁顕(イニョン)王后を離縁する方向で動き始めた。 …
  • 文定王后(ムンジョンワンフ)は朝鮮王朝三大悪女よりもっとワルだった!

    11代王の中宗(チュンジョン)が三番目に迎えた正室が文定(ムンジョン)王后だった。この文定王后は、1534年に中宗の二男を産んだ。それが慶源大君(キョンウォンデグン)であり、文定王后は我が子を絶対に王にしたいと強欲を出し…
  • 文定(ムンジョン)王后ほどの悪女が他にいたのか

    11代王・中宗(チュンジョン)の治世は38年の長きに及んだが、晩年は病に苦しむようになった。そんな中宗を支えたのは、世子(後の12代王・仁宗〔インジョン〕)だった。世子は中宗の2番目の正室・章敬(チャンギョン)王后が産ん…

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