朝鮮王朝はなぜ儒教を国教に取り入れたのか

韓国時代劇をより深く理解するためには、朝鮮王朝時代に社会に広く浸透した儒教を知ることも大切です。そもそも、朝鮮王朝時代にはなぜ儒教が重んじられたのでしょうか。その背景を説明します。





仏教と儒教の違い

1392年に高麗王朝から朝鮮王朝に変わったとき、国政を安定させるために初代王の李成桂(イ・ソンゲ)と建国功臣たちが積極的に取り入れたのが儒教でした。
歴史的にみると、高麗王朝は仏教国家でした。仏教寺院や地方豪族は膨大な富と土地を持ち、私兵を抱えていました。
当然、中央に位置する王の力は牽制されていたのです。
実際、朝鮮王朝を建国した李成桂自身が高麗王朝の地方豪族の一人でしたし、彼は高麗王朝を転覆させて新しい国をつくっていきました。それだけに、朝鮮王朝としては似たようなもう一人の“李成桂”が登場することを阻止する必要があったのです。そのためにも、強力な王権を確立することが必要でした。
それなのに、仏教はすべての人が誰でも信じれば仏になれる、という思想を持っています。つまり、人間は平等だという教理が根底にあるのです。しかし、儒教は仏教とは違います。“忠”と“孝”をもっとも大事な徳目と考えています。




臣は王に忠誠を尽くし、子は親に孝を尽すのが何より重要なのです。
いわば、人は身分や立場によって役割が違うということです。
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