在位期間のナンバーワン
◆1775年、英祖は思悼世子の息子の正祖(チョンジョ)に代理聴政(摂政)をさせようとした。
重臣たちを集めてこう言った。
「気力が衰えてきて一つの政務をやりとげることも難しくなってきた。こんな状態で最後までやり抜けるだろうか。国を治めることを考え始めたら、夜もまったく眠れないほどなのだ」
80歳を過ぎて、英祖はここまで弱気になっていた。
しかし、重臣たちの中には強く反対する者もいた。
すると、英祖は王を守る軍隊を正祖に付けることを断言して代理聴政を強行した。
この強攻策が功を奏し、もはや反対する者はいなかった。
◆英祖は1776年に82歳で世を去った。
在位は実に52年に及んだ。朝鮮王朝の27人の王の中で、他に類がないほどの圧倒的な長さであった。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
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