タグ:朝鮮王朝
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朝鮮王朝時代の後期になるにつれて、王の子供がどんどん少なくなる傾向があった。27人の王を比較してみると、前半の14代王・宣祖(ソンジョ)までは王の子供が178人いたのに対し、15代王の光海君(クァンヘグン)以降は全部で5…
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1592年4月に始まった朝鮮出兵。前年に、豊臣秀吉が大陸制覇をもくろんでいることを知った14代王の宣祖(ソンジョ)は、日本の内情を知るために使節を京都に派遣した。その使節の正使は黄允吉(ファン・ユンギル)で、副使は金誠一…
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9代王の成宗(ソンジョン)は政治的には名君でしたが、女性問題で王宮を騒がせたことが何度もありました。その最たることが、燕山君(ヨンサングン)の生母が廃妃(ペビ)になった事件でした。
呪術的な儀式
成宗にとって…
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古代の三国時代から朝鮮半島では仏教が根づいていたのに、朝鮮王朝の建国後は迫害を受け続けた。現在の韓国でも仏教寺院が山中に多く存在しているのは、朝鮮王朝時代に次々と市中から追放されたなごりである。
仏教から儒教…
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景福宮(キョンボックン)は朝鮮王朝の建国当初から正宮だった。それほど重要な場所であったのに、1592年の豊臣軍の攻撃時に焼失してから、再建されずにずっと放置されたままだった。
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韓国時代劇は女性を主人公にした作品がたくさんある。それは、朝鮮王朝時代の歴史に残る有名な女性を題材にすることが多いからだ。その中でも、一番目立っている5人の女性を選んでみた。
最強の3人
張禧嬪(チャン・ヒビ…
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朝鮮王朝では国王や世子が毒殺された、という疑惑が多い。そうした疑惑の張本人になっている5人は、世祖(セジョ)、文定王后(ムンジョンワンフ)、仁祖(インジョ)、英祖(ヨンジョ)、貞純王后(チョンスンワンフ)である。
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朝鮮王朝では、王や世子が結婚する時期を迎えたら、まず、王家に嫁を出せる身分(貴族階級ともいえる両班〔ヤンバン〕がほとんど)の家に対して「禁婚令」が出され、若い娘の結婚が禁じられました。
敬遠された理由
なぜ、…
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朝鮮王朝には王妃が42人いたが、典型的な悪女だったのが文定(ムンジョン)王后と貞純(チョンスン)王后だ。2人は権力を握って悪行を繰り返した。こうした悪女と正反対で、一番の聖女と言われた王妃は誰だったのか。
洪…
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5代王・文宗(ムンジョン)の正室である顕徳(ヒョンドク)王后は息子(後の6代王・端宗〔タンジョン〕)を産むと3日で亡くなった。死ぬ間際の彼女は、端宗が立派な王になれるように周囲に祈りを託していた。
母の呪い
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