〔後世で忠義の心を称賛された「死六臣」!〕

忠臣の鑑

「死六臣」とは、甥をおどして王座を強奪した7代王・世祖(セジョ)に対抗して王位奪還を計画した6人の高官をさしている。計画が失敗して全員が刑死・獄死したが、忠義に殉じた志は後世で称賛を浴びた。まさに“忠臣の鑑”であった。
死六臣の中心人物となったのは成三問(ソン・サムムン)と朴彭年(パク・ペンニョン)の2人だ。
成三問は、聖君とも称された4代王・世宗(セジョン)に可愛がられた高官で、世宗がハングルを創製する過程でも大きく貢献している。
これほどの逸材をむざむざと殺すのが惜しいと考えたのか、世祖は「余を王と認めれば罪を許そう」と言って成三問を懐柔しようとしたが、成三問は最後まで世祖の王位を否定し続けた。
怒った世祖が「余の禄で生活しているくせに」と成三問を罵倒したが、彼は「禄には手をつけていません」と答えた。
実際に調べてみると、成三問は非常に貧しい生活をしていたにもかかわらず、世祖からもらった禄にはまったく手をつけていなかった。
成三問への拷問はひどくなる一方で、彼は焼いた鉄の棒をからだに押しつけられたが、むしろ「鉄を焼き直してこい」と平然と言い放って信念を変えなかった。
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