イ・ヨンこと孝明世子(ヒョミョンセジャ)はなぜ早死にしたのか

「もう一度見たい韓国時代劇」というアンケートを行なうと、かならず上位にランクされるのが『雲が描いた月明り』だ。このドラマでは、主役のパク・ボゴムがイ・ヨンこと孝明世子(ヒョミョンセジャ)に扮していた。





実家を優遇

孝明世子は、1809年に生まれた。
当時の朝鮮王朝の王室はどのような状況だったのだろうか。
孝明世子の父であった23代王・純祖(スンジョ)が即位したのは1800年である。このとき、純祖は10歳だった。
彼の妻が純元(スヌォン)王后だ。
夫婦はまだ幼かったが、1805年頃から純祖は自ら政治を仕切るようになり、それにつれて純元王后の発言権も増した。
この女性は欲望が大きく、純祖の性格がおとなしいことを利用して、自分の実家の一族である安東・金氏(アンドン・キムシ)をどんどん重職につけた。
こうして安東・金氏が朝鮮王朝の政治を牛耳るようになると、純祖もようやく妻の実家を牽制するようになり、具体的な行動に出た。
それは1819年のことだった。




純祖は長男で10歳だった孝明世子の妻として、豊壌・趙氏(プンヤン・チョシ)の一族の娘を迎えた。
純祖は、豊壌・趙氏を重用して安東・金氏に対抗させようという意図を持っていた。
その狙いどおりに、孝明世子の成長にともなって豊壌・趙氏は安東・金氏の勢力を上回った。
(ページ2に続く)

パク・ボゴムが扮したイ・ヨン(孝明世子)の無念の生涯!

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