過去の記事一覧

  • 一番美しい王女と呼ばれた敬恵(キョンヘ)王女の人生2

    世祖(セジョ)は、敬恵王女の動向を気にした。彼女は「国で一番の美女」という評価も受けていて、庶民の間で人気が高かった。結局、世祖は、病床にある敬恵王女を見舞うという名目を付けて鄭悰(チョン・ジョン)を配流地から戻すことに…
  • 一番美しい王女と呼ばれた敬恵(キョンヘ)王女の人生1

    「朝鮮王朝で一番美しかった王女」と称されるのが、15世紀に生きた敬恵(キョンヘ)王女である。彼女は波瀾万丈の生涯を送った女性だ。果たして、敬恵王女の人生とは、どういうものだったのだろうか。 6歳で母を失う 敬…
  • 朝鮮王朝を不幸にさせた文定王后!

    本来であれば王妃にさえなれなかった女性が、最終的に大妃(テビ/国王の母)になって、朝鮮王朝を大混乱に陥れた。それが文定(ムンジョン)王后である。彼女はなぜ、絶対的に強い立場になれたのだろうか? クーデターのお…
  • 中宗と端敬王后を象徴する伝説とは?

    韓国にもさまざまな伝説が残されている。その中でも、朝鮮王朝時代から今も語り継がれる美しい伝説がある。それは、政略的に廃妃(ペビ)にされた妻が、夫である王に捧げた愛だ。その名も「チマ岩の伝説」と呼ばれている。 …
  • 正祖(チョンジョ)の最大の政敵が貞純(チョンスン)王后だった(再読版)

    現代にも通用する成長物語であったことが、時代劇『イ・サン』がこれほど人気を博した理由だろう。加えて、主役に扮したイ・ソジンの演技がとても良かった。名君の風格をよく体現していたと言える。 父の無念 イ・サンは、…
  • 土下座をして屈辱の謝罪をした国王は誰か?

    1636年12月、清の10万人を越える大軍に攻められた朝鮮王朝は、ついに降伏し、翌年の1月に16代王・仁祖(インジョ)が屈辱的な謝罪を強いられた。それを象徴する碑を訪ねた。 [caption id="attachmen…
  • 流刑地の済州島で絶命した国王は誰か?

    朝鮮王朝が実施した流刑は、罪の軽重によって流配地を決定するというものだった。つまり、重い罪を負うほど漢陽(ハニャン/現在のソウル)から遠い場所に流されたのである。特に、多かったのが朝鮮半島西南部の諸島や済州島(チェジュド…
  • 仁宗(インジョン)/朝鮮王朝人物紀行24

    仁宗(インジョン)は、27人の王の中でもっとも親孝行した立派な人物なのだが、性格はかなりのお人好しだ。しかし、その性格を利用されて、彼は自分の命を危険にさらしてしまう。 親のために死を選ぶ覚悟 1515年、峼…
  • 世宗(セジョン)/朝鮮王朝人物紀行23

    朝鮮王朝27人の王の中で、今も尊敬を集めている4代王・世宗(セジョン)。彼は、在位中にある大きな功績を残したが、いったい何をしたのだろうか。世宗の偉大さについて語っていこう。 幼いころから聡明だった 朝鮮王朝…
  • 悪女の典型とみなされた張禧嬪(チャン・ヒビン)の激しすぎる人生!

    張禧嬪(チャン・ヒビン)が19代王・粛宗(スクチョン)の側室になったとき、正室は仁顕(イニョン)王后だった。仁顕王后に早く子供ができていれば、王妃としての立場は磐石だったと思われるが、あいにく彼女は病弱で、床に伏す日が多…

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