19歳で早世した8代王・睿宗(イェジョン)/朝鮮王朝国王列伝8

生没年/1450年~1469年
在位/1468年~1469年

7代王・世祖(セジョ)は即位すると同時に、長男の懿敬(ウィギョン)を後継者として指名した。しかし、懿敬はその2年後、19歳で原因不明の死を迎える。長男が死去すると、二男が次の後継者に指名された。1468年、二男は8代王・睿宗(イェジョン)として即位した。

若くして世を去った王

彼は生まれつき気性が穏やかで、周囲から信頼を得ていた。また、公私の区別がはっきりしていて、公明正大な性格だった。こんな逸話が残っている。
睿宗の乳母が、側近が犯した罪を許してほしいと嘆願してきたときがあった。しかし、彼は「王が私情で動くことはできない」と、その頼みを断った。




また、睿宗は孝行心が強かったことでもよく知られている。晩年の世祖が床に伏したときには父の食事の毒味役を自ら進んで行なったし、朝から晩まで父の世話に明け暮れた。その末に、無理がたたって自分自身も病にかかってしまうほどだった。
優しい性格そのままに、睿宗は王位在任中に民心の安定に全力を尽くした。しかし、1469年、即位2年目にわずか19歳で突然の死を迎えた。結局、睿宗は政治手腕を発揮する時間さえ持てなかった。
記事提供:「朝鮮王朝オッテヨ」

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