タグ:端宗

  • 晩年の世祖は端宗を殺した祟りに苦しめられた!

    7代王の世祖(セジョ)は、甥の端宗(タンジョン)から王位を強奪して1455年に即位しました。彼はその後も端宗を辺境の地に流罪にしてしまい、さらに、死罪を申し渡します。それは、1457年のことです。端宗は16歳になっていま…
  • 叔父に王位を奪われた端宗の悲劇/康熙奉の王朝快談4

    6代王の端宗(タンジョン)の祖父は4代王の世宗(セジョン)で、父が5代王・文宗(ムンジョン)である。ともに学識にすぐれていた王として有名だ。その血を受け継いで、端宗も文治主義の王政を行なうのに十分な素養を持っていた。 …
  • 端宗の悲しすぎる運命とは?

    命をかけて端宗(タンジョン)を復位させようとした「死六臣」だが、彼らの行動は逆に世祖(セジョ)を頑迷にした。世祖は、ことの発端は“端宗の存在”にあると思いこみ、端宗の身分を剥奪して、身分を庶民に降格させたうえで都から離れ…
  • 首陽大君は甥の端宗を脅かして王位を強奪した!

    王族の首陽大君(スヤンデグン)は、いよいよ自分が行動を起こす時期に来ていることを悟った。側近たちとの密談を繰り返した首陽大君は、1453年10月10日、ついに多くの同志を自邸に招いて決起集会を開いた。 政変を起こした…
  • 正史とはいえ「端宗実録」の記述は偏っていた!

    朝鮮王朝の正式な記録である「朝鮮王朝実録」に入っている「端宗実録」は、代表的な汚点と言える。元は、端宗(タンジョン)が身分を落とされたときの「魯山君(ノサングン)」という名が入った「魯山君日記」として編纂されたが、編纂の…
  • 端宗は祖父の世宗も認めた聡明さを持っていた!

    6代王の端宗(タンジョン)は、7歳のときに4代王・世宗(セジョン)によって世孫(セソン/王位を継ぐ王の孫) に指名され、9歳のときに父が5代王・文宗(ムンジョン)として即位したので、世子(セジャ/王の後継者)になった。 …
  • 悲劇の国王・端宗(タンジョン)/朝鮮王朝歴史全集4

    端宗(タンジョン)の復位を狙って世祖(セジョ)の暗殺を狙った6人は、「死六臣」と呼ばれて庶民から大きな尊敬を集めます。忠義に殉じた高潔な志士というわけです。世祖からすると、端宗がこのまま生きていると死六臣のような事件がま…
  • 悲劇的な6代王・端宗(タンジョン)/朝鮮王朝国王列伝6

    生没年/1441年~1457年 在位1452年~1455年 1452年、5代王・文宗(ムンジョン)の早すぎる死によって、残された端宗(タンジョン)はわずか11歳で6代王として即位した。しかし、叔父の首陽大君(スヤンデグ…
  • 金宗瑞(キム・ジョンソ)はなぜ端宗(タンジョン)を守れなかったのか

    1452年に5代王・文宗(ムンジョン)が亡くなり、長男の端宗(タンジョン)が6代王となりますが、まだ11歳でした。この幼い端宗の後見人となったのが「大虎」と称された金宗瑞(キム・ジョンソ)でした。 首陽大君との対立 …
  • 〔あまりに悲しき端宗(タンジョン)の運命!〕

    母の愛を知らずに育った もし朝鮮王朝から1人だけタイムスリップさせることができるとすれば、誰を選ぶだろうか。 すぐに思い浮かんだのが、6代王の端宗(タンジョン)だった。 端宗は、祖父が4代王・世宗(セジョン)で父が5代…

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