史上最悪の暴君と呼ばれた10代王・燕山君(ヨンサングン)/朝鮮王朝国王列伝10

生没年/1476年~1506年
在位/1494年~1506年

10代王・燕山君(ヨンサングン)は、物心つく前に母である廃妃(ペビ)・尹(ユン)氏を失って継母に育てられたのだが、わがままで荒い気性に育ってしまう。そんな彼の性格を表す逸話が今も残されている。

政務を放棄した王

ある日、父の成宗(ソンジョン)が王としての立ち居振る舞いを教えようと、子供時代の燕山君を呼び出したことがあった。すると燕山君の前に成宗が可愛がっていた鹿が現れ、彼の手を舐めた。燕山君は激しく怒り、成宗の前でその鹿を思いきり蹴り飛ばした。それを見た成宗は燕山君を叱った。その場は反省した素振りを見せたが、燕山君は即位するとすぐにその鹿を殺してしまった。




この他にも、自分に厳しく接していた先生を即位と同時に処刑したこともあった。それほど非情だったのだ。
もとから勉強の嫌いだった燕山君は、何度も勤勉な臣下たちと衝突を繰り返し、ついには成宗時代から重用していた士林(サリム)派たちを弾圧する事件も起こしている。
それ以来、燕山君は政務を放棄して遊び続けるようになった。そのため、政治はまったく機能しなくなり、国家の財源は日に日に衰えるばかりであり、庶民の暮らしはどんどん苦しくなっていった。
(ページ2に続く)

仁粋(インス)大妃の命を縮めたのが孫の燕山君(ヨンサングン)だった

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