過去の記事一覧

  • 最悪の暴君・燕山君/朝鮮王朝の人物と歴史1

    朝鮮王朝時代には全部で27人の王が存在した。その中に最悪の暴君と呼ばれた人物がいる。それが10代王の燕山君(ヨンサングン)だ。彼は王として即位すると様々な暴政を行ない、人々を苦しめた。果たして彼はどんなことをしたのだろう…
  • 奇皇后とは誰なのか/高麗時代の人物と歴史4

    不本意な形で元に渡った奇皇后だが、その美貌を武器にして大出世を果たしていく。その影響力は母国の高麗王朝にも大きく及ぶほどだった。果たして、奇皇后とは、どんな女性だったのか。 元に渡った奇皇后 13世紀から14…
  • 千秋太后とは誰なのか/高麗時代の人物と歴史3

    千秋太后(チョンチュテフ/964~1029年)は、高麗王朝の初代王・王建(ワン・ゴン)の孫である。彼女が生まれたとき、すでに王建は世を去っていた。しかし、彼の血筋は巨木の根のように時を越えて広がっていた。 重…
  • 光宗とは誰なのか/高麗時代の人物と歴史2

    光宗(クァンジョン)は、高麗王朝を建国した王建(ワンゴン)の四男だった。彼は複雑な政治家一家の中で育った。異母兄の2代王・恵宗(ヘジョン)は、定宗(チョンジョン)によって王位を追われた。定宗は、光宗の実兄である。しかし、…
  • 太祖と呼ばれた王建/高麗時代の人物と歴史1

    朝鮮半島で歴史的に太祖(テジョ)となったのは二人だ。高麗(コリョ)王朝を創建した王建(ワン・ゴン/877~943年)と、朝鮮(チョソン)王朝をつくった李成桂(イ・ソンゲ)である。今回は王建について取り上げた。 …
  • 〔王朝哀話〕廃妃になってしまった王妃たち

    朝鮮王朝の法律に沿って国王が決定したように、王妃もまた厳格な法を適用されて決められていた。それだけに、王妃を廃妃にするのは容易ではないのだが、実際には多くの王妃が廃妃になっている。 同情を集めた廃妃 廃妃とな…
  • 手段を選ばなかった貞純王后/王宮女性実録13

    1800年、名君として名高い22代王・正祖(チョンジョ)が亡くなり、その息子が10歳の若さで23代王・純祖(スンジョ)として即位した。幼い純祖が王位についたのは、正祖には他に息子がいなかったからだ。しかし、成人もしていな…
  • 『トンイ』でおなじみの淑嬪・崔氏/王宮女性実録12

    19代王・粛宗(スクチョン)は、張禧嬪(チャン・ヒビン)の他に淑嬪(スクピン)・崔氏(チェシ)〔1670年~1718年〕との間にも息子をもうけた。それが21代王・英祖(ヨンジョ)である。英祖は庶民の生活を第一に考える政治…
  • 魔性の女として王を惑わした張禧嬪/王宮女性実録11

    貧しい家庭に生まれた張禧嬪(チャン・ヒビン)〔1659年~1701年〕は、ずっと不遇の生活を送っていたが、偶然にも宮廷で働けるようになった。 張禧嬪の野望 王妃たちの世話をしながら、出世を夢見る張禧嬪。美しい…
  • 国を私物化した恐怖の文定王后/王宮女性実録10

    11代王・中宗(チュンジョン)には3人の妻がいた。最初の妻は父が燕山君(ヨンサングン)の側近だったために追放された端敬(タンギョン)王后。2人目の妻は12代王・仁宗(インジョン)を産んですぐに亡くなった章敬(チャンギョン…

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