過去の記事一覧
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朝鮮王朝27人の王の中で名君として尊敬を集める正祖(チョンジョ)の波乱に満ちた生涯を描いた『イ・サン』。この壮大なドラマは、父と子(孫)、母と子、組織におけるリーダーシップ、王がめざすべき政治の根本、永遠の友情、究極の愛…
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朝鮮王朝の王妃の中で聖女として慕われたのが、正祖(チョンジョ)の正室であった孝懿(ヒョイ)王后である。しかし、彼女は毒殺される危機に瀕した。それは果たして、どんな事件だったのだろうか。
パク・ウネが演じた孝懿…
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朝鮮王朝では国王が絶対的な権力者であったが、実は国王以上に目立っていた王妃が何人もいた。それは、元敬(ウォンギョン)王后、貞熹(チョンヒ)王后、仁粋(インス)大妃、明聖(ミョンソン)王后、純元(スヌォン)王后の5人だった…
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後世において名君と称された21代王の英祖(ヨンジョ)。彼がそこまで評価されたのは、母である淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏の影響が大きい。彼女はドラマ『トンイ』の主人公のモデルだった女性だ。
庶民のための統治
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粛宗(スクチョン)の側室となった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、1688年に粛宗の長男を産んだ。その直後に、粛宗が激怒する事件が起こっている。それは、どんな出来事だったのだろうか。
激怒した粛宗
事件が起きたのは…
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1800年6月、正祖の体調が悪化した。それでも彼は、薬を調合する現場を自ら視察している。彼自身が薬について詳しかったこともあるが、おそらく毒殺されることを極度に警戒していたものと思われる。
医官を信用しない正…
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朝鮮半島では昔から胎教を重視していて、朝鮮王朝の王妃ともなればなおさらだった。大切なのは、身と心を清く保つこと。王妃はからだを清潔に保ち、見苦しいものを見ないように心掛けた。
元子とは何か
妊娠した王妃は、食…
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『七日の王妃』の主人公になっている端敬(タンギョン)王后は、わずか七日間だけ王妃になっていて、その後に廃妃(ペビ)となっている。なぜ、彼女は国王から離縁されなければならなかったのだろうか。
燕山君の異母弟
1…
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518年続いた朝鮮王朝では27人の国王が統治したが、名君もいれば暴君もいて、さらに暗愚の国王もいた。そうした国王の中で、「即位しなければ良かったのに」と思える人を5人選んでみた。
最初の3人
◆端宗(タンジョ…
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朝鮮王朝時代では、社会の隅々まで浸透した儒教の影響で、男尊女卑の風潮がとても強かった。女性は親の遺産の相続権がなかったし、結婚生活では夫から理不尽に離縁を強制されても受けざるをえなかった。さらには、再婚の自由も奪われてい…
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